親父と娘〜心臓移植を越えて乾杯へ〜

同じ心臓病の娘と親父。娘の移植を乗り越え乾杯を目指す。娘を守るかっこいい親父でありたい。

渡航移植について

 

次女の心臓移植待機512日目です。

今日も元気に奇跡をまっています。

 

 

最近、某SNS上である著名な方が、日本人の子供がアメリカへ渡航して心臓移植を受けることについて持論を述べ、やや話題になっていました。

その方の考えは、

高額なお金を集めて日本人の子供が1人アメリカへ行って移植を受けることで、アメリカの子供が1人死んでいる。要は日本人がお金で割り込みしている。

 

この方に限らず、渡航移植についてはニュースになるたびに批判的な意見が多く出る傾向があります。

 

私自身もきっと次女が今の状況にならなければ、とくに調べもせず他人事として好き勝手なことを考えていたと思います。

 

しかし約1年5ヶ月前に状況が大きく変わりました。

次女の移植待機をするにあたり、渡航移植についても調べられる限りのことを調べました。

状況が変わったからと言って非常に虫のよすぎる話ではありますが、当事者になったからこそ知って伝えるべきだと思っています。

渡航移植について改めて考え、書いてみます。

 

 

 

なぜ渡航移植をする人がいるのか。

日本では臓器移植法、改正臓器移植法が制定されていて、移植手術の技術も世界トップクラスです。

しかし日本では法律と技術があっても、実際の現場のシステム面や認知不足などの要因が重なり(これはこれでまた話が長くなるので今は割愛)現代にいたるまで臓器提供数は先進国で断トツの少なさです。

そのため国内で移植を受ける場合、何年もかけて待ちつづける必要があります。

心臓の場合は3年以上、臓器によっては10年以上と言われるものもあります。

待っている間に重症化したり、想定を越えて長期間つかう人工心臓などの影響で他の臓器が悪くなり、亡くなる人も非常に多い。

一方アメリカでは、移植はある程度一般的な医療として普及しているため、日本とは比較にならないほど臓器提供数が多く、数日から数ヶ月でドナーと出会えることが多いです。

 

自分の子供が移植しなければ死んでしまうという状況になったとき、日本で待つかアメリカへ行くか、どちらを選びますか?

 

これが渡航移植する人が一定数いる理由だと思います。

 

 

 

次に渡航移植への道筋について。

子供が国内で待つのは厳しい状態となったとき、どのようにしてアメリカにたどり着くか。

日本の病院を通して、受け入れてくれるアメリカの病院を見つけます。

そして保険の効かない莫大な医療費を準備する必要が生じます。アメリカから請求される心臓移植に必要な額は2億円を越えます。それも一括の前払いです。

後述しますが、他の諸々の必要額を合わせると全部で3億円〜4億円のお金が必要になります。

これを親が自力で用意できるのであればスムーズに話が進みますが、多くの場合この額を捻出するのはまず厳しいです。

そこで募金などでお金を募ることが多く、街角で時折目にする「○○ちゃんを救う会」による募金活動がこれです。

経験者の方から話を聞きましたが、この救う会の発足にはかなりの労力が必要で、両親の友人などを中心にメンバーを集め、事務所を借りたりHPを作成したりメディアに出るなどして広報を行ったりと、1つの会社を立ち上げて運営するような活動を行います。メンバーそれぞれ仕事もある中、平日も休日も活動が続きます。

両親は入院している子供の看護と並行してこれを行います。

 

また、多くの人を巻き込んでしまうことや、募金で人々の善意に頼って集めたお金で我が子を助けることへの罪悪感、しかし同時にそうしなければ我が子を失うという恐怖との葛藤が常に心に重くのしかかります。そこをついてくる批判も多くあります。

 

そして何とか必要額を集めることができたら、実際にアメリカへ飛びます。

人工心臓を装着している場合、一般の飛行機では飛べず、専用のチャーター機を手配します。これに数千万円かかります。

飛行機には日本側の医療スタッフとアメリカから迎えにきた医療スタッフが同乗します。飛行中に気圧の変化などにより状態が悪化することが多々あり、機内でオペを行なったケースもあるそうです。

こうした命がけのフライトの後、アメリカの病院での生活が始まります。日本側の医療スタッフは引き継ぎのあと帰国するため、ここからは親の力でこなしていくことになります。

ありがたいことに現地ボランティアの方々が様々な補助をしてくれることもあるそうです。

このような流れでアメリカ入りをし、そこで改めてドナーの方と出会えるのを待ちます。

よく、ドナーが見つかってからアメリカへ飛ぶのではないのかという疑問を目にしますが、それはできません。心臓はドナーの体から取り出して4時間以内に移植を終えなければならないため、必ず現地で待つことになります。

 

 

 

次にどんな批判・意見があるか。

まず、最初に書いた著名な方も言っていますが、「お金で割り込みをしている」という批判があります。

アメリカは多民族国家であるため、移植に外国人枠があります。具体的には前年度に行なった心臓移植件数の5%を外国人枠として確保しています。渡航した日本人はそこに並ぶことになります。

しかし日本人は国内で待機している期間に重症化してしまうことが多く、アメリカの移植のルールでは重症度の高い患者から移植を行う(日本と同じく血液型や体格など他の条件も適合する場合)ため、アメリカへ着いた時点で移植の順位が上位になることが多いということになります。

この部分だけ断片的に見ると、お金で割り込んでいるように思えるのだと思います。

決してズルをしているわけではなく、正当なアメリカのルールに従っています。

 

ただ、考えなければならない事として

2008年に国際会議で「イスタンブール宣言」というものが発せられています。この宣言では、臓器移植は自国内で実施することを念押しされています。

当時、国を跨いで違法な臓器売買などが横行していたためです。

この宣言を受けて、各国は自国での臓器移植を推進するための取り組みを加速させました。日本も臓器移植法を改正したのは宣言の2年後です。

しかし残念ながら現在まで国内での臓器提供は普及しているとは言えず、この宣言がある中でもいまだにアメリカへ頼るしかないケースが多いことは事実です。

これは渡航するしかない親子が個人レベルでどうにかできることではなく、国レベルで取り組まなければ変えられるはずもないことだと思います。

 

 

他の声として

「募金が信用できない。本当に何億もいるのか」というものも多く見かけます。

過去の○○ちゃんを救う会のHPなどを参照すると、会計記録が記載されています。

それらを見ると、

 

(下記はあくまで一例です)

アメリカ側へのデポジット(保証金):約2億4千万円

デポジットは前払いする医療費。移植まで時間がかかって不足すると追加請求もされる。年々高騰している。

渡航費用(先述したチャーター機、同乗する医療スタッフの人件費など):約5000万円

現地滞在費(家賃など):約700万円

※移植を行う病院はニューヨークなど都市部にあることが多く、付近に滞在するための家賃代は高額になる。

 

などがリスト化されています。

これを見ると3億円以上必要になることが分かります。

 

「親が借金してでも用意すべき」という声もあります。

その考えは間違いではないと思います。

しかし言うのは簡単ですが、実際にそれをすると帰国後の生活は破綻する可能性があります。また移植後の子供は多くの配慮が必要な生活が続くため、生活環境を保持することは必須です。

 

また募金で集まった額から最終的に残額が発生した場合、次の渡航を目指している会や支援団体などに全額寄付していることも書かれています。

 

 

 

 

色々書いてしまいましたが、

誰しも渡航したくてしてるわけではないはずです。

しなくていいなら安全に日本で待ちたい。

でもしなきゃ子供が死ぬから、選択と決断をするしかない。

 

渡航移植を漠然としたイメージだけで批判することは、そこにある子供の必死に生きようとする力や親の死にものぐるいの覚悟を否定してしまいます。

 

ただ、「渡航しなければ助けられない」ケースが多い日本の現状自体を批判することはむしろ必要です。

その批判とともに、渡航しなくて良いように、国内で移植が受けられるようになるにはどうすれば良いか、に目を向けることが絶対に必要です。

渡航移植をする子がニュースなどで報道されることは多いですが、その際、どうして渡航するしか手段がないのか、についてはなかなか踏み込んだ議論がされません。

 

ある移植経験者の方の言葉をお借りすると、

日本で移植について話すと、「あり」か「なし」かの議論によくなる。

しかし移植医療はすでに確立されたもので「あり」が前提。それをどうすれば普及できるか、に議論を移行すべきなのに、日本だけ何十年も前からそこを脱却できないでいる。

 

国内の移植についても、渡航移植についても、理解が広がってほしいです。